Sakamoto Mari blog

型染したり広告作ったり、いろいろしてます。最近は絵日記が多い。http://hikikoma.wix.com/sakamoto-mari

延岡バックステージ、について

www.nobeoka-backstage.com

 先月から、ホームページを始めました。
延岡バックステージ、代表となりました。
延岡の歴史と文化の情報を発信をしていく予定です。なんかゆるいえにっきもあるよ!!

歴史を扱っているので、息抜きにどうぞ。延岡で食べたおいしいもの、というおおきなくくり(産地は置いておいて)で描いていく予定です。
食べ物を描いてるほうが楽しくて、筆が進みます。
うわ~おいしいかったね!って自分でも見ながら思います。おいしかったのが絵から前面にでてる…わかりやすい…

これから内容は多岐に渡って充実したものを目指していきますので、ご興味あればよろしくお願いいたします。

今のところ、型染めの下絵を横に置いてこちらに掛かり切りになっているところです。作品も作っていきたい。
残念ながら、今年の延岡市美術展には間に合いそうにないです。

描きかけの下絵なら、そこにあるのに!!

広告について

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第23回宮崎国際音楽祭の公式プログラム掲載の夕刊デイリー新聞社様の広告を今年も作らせて頂きました。いつの間にか、4年目です。

年越しすると、さてどうするか…という話になるのが毎年の行事みたいなものになっています。公式プログラムが販売が始まるのがおそらく、4月最期らへんからで、本格的に音楽祭が始まるの5月なので入稿は3月。
2月にそろそろやらなきゃな~という感じです。

サイズは毎年同じなので、B5でとりあえず入れなきゃならないのは下の住所電話番号、ロゴ等だけなので後は自由に作らせて頂いています。

Galleryの方を見て頂いたらわかると思うのですが、最初は、どうしたらいいのか答えが見えず写真とキャッチコピーでなんとなく作っていた感じでした。
特に指定もないので、去年は新しいフォントを試してみたくて文字のみで作りました。キャッチコピーも私が考えたものを使ったりして、さながら一ページ丸々の広告ってこうやったらどんな感じになるんだろうとさながら実験のように作っていたところもあったのですが、今年は今までやってきたことがまとまってきたなと自分で感じました。

どのページに入るかは完成プログラムが手元に来るまでわからないので、右綴じになるのか左綴じになるのか。ふと疑問に思って、去年の他の広告の左右の余白を測ったりしました。綴じられたときに、どこあたりまで冊子は開いてどの辺までギリギリ見えるのか様々気になって調べてたのですがそのぐらいの疑問がようやく出てきた今年、私も成長したのではないかと思いました。
それは、今までやってきたことが役に立ったのではないかと自分では信じています。実はそういうものは、仕事的なもの以外のところで培ったものだったり、なんにでも無駄なことはないだなと感じました。

それから、今年は図書館に行って過去の夕刊デイリーを読んで調べたり。言うほどたいしたことはしていないのですが、文章を書いてみたり。新たな挑戦もまたできました。

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最初作ろうとしていたものは「命の橋」と書かれた座石を途中までメインに据えて、何パターンか作っていました。
しかし、過去の新聞を読んで、自分なりに考えて、あ、そうじゃないなと。そうか、メインは橋だなと感じたので、座石を正面から外した写真を広告に使いました。「命の橋」の座石を置くまでの流れや置いた理由、願い、そういうものがニュアンスとしてなんとなくあるような、そうでいて熱い思いでたくさん書きすぎると見る側は引くので入れすぎないようにちょうどいいところの文章を探ったりして作った………..気がします。削って削って、大事なところだけ残りました。

城山ヤブツバキを楽しむ会2018

 いつの話なんだ、と自分でも思いますが3月11日に「城山ヤブツバキを楽しむ会」に参加してきました。

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  毎年「城山ヤブツバキを楽しむ会」の広告を作らせて頂いています。何年目なのだろう……四年目ぐらいかな。夕刊デイリー新聞社の花物語の広告として掲載されました。
 自分で言うのもなんですが、今年が一番よくできた広告になったのではないかと思っています!(※個人の感想です)
 城山を案内してくれる世話人の方が数人いらっしゃるので各々分かれてついていく感じです。よく描けてる~(※個人の感想です)

hikikoma.hatenablog.com

 ちょっとだけ関わらせて頂いた本もちゃんと持って行きました!
 去年はあまり咲いていなくて、ほぼ本を参考に見て回ったのですが今年はとっても咲いていました!そして例年にくらべて咲くのが遅かったらしくまだまだ見頃でした。それどころか、つぼみの椿もたくさんありました。

 代表世話人である江藤さんの最初のお話があったのですが、2年に一度開催されている国際ツバキ大会が2020年に日本(長崎県五島市)で開催されるらしいです。その大会後にオプションで九州各地の椿を旅するらしいのですが、延岡の城山も紹介したいとのことで2020年に向けての思いを語っていらっしゃいました。私も城山のヤブツバキを盛り上げていければいいなあと思った次第です。

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 白の椿が多いということが、城山の椿が豊かな理由らしいです。白に赤の椿が掛け合わさってピンクになったり絞りの椿になったり。

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 すんごい見づらいのですが、この木は左下がピンクのような絞りの椿になっていたりピンクがあったり赤があったりする五色椿です。一本の木から様々な色の椿が咲いています。実は石垣の間から生えていて、ものすごく高い木です。真上。

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 こういう花びらの形の椿もあります。おもしろい。枯れているわけじゃないよ!

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 遠いのでちょっとぶれててわかりにくいですが、花びらのふちがよく見ると紫になっています。これも痛んでいるわけじゃなく、ふちが紫の紫覆輪の椿です。とってもシック!

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 それから、私の好きな「城山」!
 「城山」という名前のついている椿です。小さくて薄いピンクのすごくかわいらしい椿です。かわいい!!

 そして城山から亀井神社のヤブツバキを見に行きました。

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 亀井神社の咲き分け椿も一本の木から様々な色の椿が咲くよ!

 天気がとってもよくて気持ちの良い日でした。まさに散歩日和でした。とっても楽しかったです!

大筒射技演武

hikikoma.hatenablog.com

 上記の記事でも書いていたのですが、去年の12月に大筒射技演武が行われました。まず方財小学校の課外授業として伊能先生の講義があり(地元の方も聴講可能でした)、小学生たちが海岸へ移動し演武が行われました。
 私はお手伝いとして方財小学校で受付をして講義も後ろで聞いていたのですが、伊能先生のお話も楽しく、また小学生たちが皆素直でほほえましく大変楽しかったです。元気いっぱいでした。 
 今回大筒射技演武をしてくださったのは、陽流砲術の十六代家元、尾上城由江様でした。延岡方財嶋玉町之図で描かれ、約190年前に行われたのは関流砲術だったので流派は違いますが、迫力満点でした。

日本古武道協会official site 陽流砲術
http://www.nihonkobudokyoukai.org/martialarts/072/

 海岸沿いにたくさんの人が並んでいて、砲術が行われるたびにあがる驚きの声はきっと当時とそう変わりないように思いました。

  パンフレットを作った時に、絵図を見ていた時間が長かったのでいろいろと当時に思いをはせていたのですが同じ方財海岸に立ち、同じように大筒射技演武を見ることで過去と現在と繋がっているという、ごく当たり前のことを改めて新鮮に感じることができました。

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 左手前に写っている女性が家元です。

 轟音がすごくて、二枚目の写真がピントが合ってませんが臨場感は出てるよ!
 見るのに必死で(動画は撮ってました)、うっかり連写使ってないのですがなんとなく伝われば……!!すぐ後ろに海が見えてます。右奥の黒い丸が書いてあるのが、的ですね。もちろん実弾は入っていないし、火薬も少量らしいです。代わりに紙を詰めているらしいです。写真にも煙に交じって紙が写ってます。 
 砲術なので、型が重要らしいです。様々な型を見せてくださいました。重そうでした……!

 日頃、川に馴染みはすごくあるのですが海を見るとなんでだかテンション上がりました!この時連日あまり天気が良くなかったのですがこの日は途中から日も差して、気持ちの良い日でした。

'17みやざきの舞台芸術シリーズⅣ「演劇」うまれたまちで

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 2月17日にメディキット県民文化センターで公演される演劇のチラシデザインをさせて頂きました。去年できあがり、既にチラシは各場所で配布されているようです。見かけましたら、よろしくお願いいたします。

 写真は「in the blue」という題名で、撮影者は阿部紫織さん。去年の延岡市美術展で大賞になった作品を使わせて頂きました。青がすごく印象的で、なによりこの構図がすばらしいなと思います。上下を入れ替えてある(実は水たまりに女の子が映っているのです)というのが不思議さとなんだかこう、幻想世界みたいというか。

 写真を100%使えるようなデザインにした……つもりです。
 よく考えると今までやったことがあるのは、絵や写真等すべて私が描いたり撮ったりしたものか、100年以上前に描かれた絵を使うデザインがほとんどでした。生きてる人の作品をデザインに使うこと自体新鮮でした。すごく難しかったです。
 文字を良い感じに、例えばどこで文章を次の行に送るか等、うまいことどうやって入れるか勉強になりました。いろいろと試行錯誤できました。

 ちなみに主催である、サラみやざき様の名刺のデザインもさせて頂いています。

salamiyazaki.com

www.miyazaki-ac.jp

延岡宝財嶋玉町之図

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 10月1日に、亀井神社で秋のお祭りと伊能先生の講話が開かれました。今回、その講話での資料のデザインをさせて頂きました。
 約190年前に、方財海岸で行われた大筒射技演武の様子をを詳しく描いた絵図です。

延岡藩内藤家旧蔵「延岡宝財嶋玉町之図」(明治大学博物館蔵)
(一)年代
文政九年(一八二六)四月八日
(二)内容
今の延岡市街を流れ日向灘にそそづ五ヶ瀬川の河口にある方財海岸の砂浜で大筒の遠距離射撃を実演した様子を詳しく描いた彩色の絵図。
寸法三〇×四一五cm

 10月2日には、延岡中学校でも授業が伊能先生が行うということでした。カラーの資料があったらわかりやすいだろうなとのことで、パンフレットを作ることになりました。
 ずっと冊子作りで資料を読んだり絵図を見ていて知った気になっていたのですが、伊能先生の解説ですごく面白くまたわかりやすく楽しく拝聴しました。群衆がすごくいきいき描かれているのです。
 しかし1825年に異国船打払令が出ているので、幕府としては海岸防備等切迫したものがあったと思うのですが、民衆には関係なく楽しげなお祭りのような雰囲気があってなんだか絵図に描かれた人々が身近に感じられました。
 また、巻物というのもおもしろく、右から左に時間の流れとともに描かれています。いわゆる漫画ですよね。

内藤家の「下がり藤」の家紋入りの幕を張りめぐらした見物席で、いちばん左端に座る人が、当時の延岡藩主内藤政順(一七九六~一八三四)

  ……ということは……?と思い立って、

hikikoma.hatenablog.com

 神崎先生の本を開いてみました。充真院(充)さんは内藤政順公の奥方です。

充真院関係年表(年齢は数え年)

文化12年(一八一五)5月26日 政順(18歳)と充(16歳)、結納
          6月13日 政順と充、婚礼
文政2年(一八一九)6月26日 政順(22歳)と充(20歳)の長男誕生
           28日 長男死去
文政7~8年(一八二四~五)頃 政順(27~8歳)、体調不調(発病)

  大筒射技演武が行われたのは、文政九年(一八二六)四月八日なので、絵図に描かれている政順公は29歳。体調はこの時どうだったのでしょうか。それでも、砲術のものすごい轟音には驚いたのではないかなと想像が膨らみました。
 12月に方財海岸で大筒射技演武の再現をするそうなので、楽しみです。必ず行こうと思います。

 それから、ものすごい余談なのですがこの前NHKの特集ドラマを見ました。

www.nhk.or.jp

 おおまかに言うと葛飾北斎の娘が主人公の話なのですが、その中にシーボルトに依頼されて西洋の画風で絵を描くシーンが出てくるのです。依頼した年代は不明ですが、おそらくシーボルトが江戸へ行ったときではないかということだと思うのですが。

www.city.nagasaki.lg.jp

シーボルトの江戸参府

シーボルトは、1826年(文政9)、オランダ商館長の江戸参府に同行しました。当時の日本では、外国人が日本の国を自由に旅行することを禁止されていましたので、シーボルトにとって日本のことを調べる絶好の機会でした。旅の途中で植物や動物の採取をしたり、気温や山の高さをはかったりしました。また、多くの日本人が病気やけがの治療法(ちりょうほう)や西洋の知識を教わりにきました。 江戸では、将軍や幕府の役人にあいさつをしたり、多くの医者や学者に会ってお互いの知識や情報を交換したり、日本研究に役立てるための品物をもらったりしました。この旅行の時に集めた本や絵、いろいろな品物は、船でオランダまで送られました。シーボルトは、日本から帰った後に、調べたことを本で紹介したり、集めたものを博物館で見せたりしています。

 おー!1826年~!!!というわけで、なんだか時代が想像しやすくなった気がしました。歴史は昔とても苦手だったのですが色々なところで様々なことが同時に起こっており、そして現代まで繋がっていると考えるとものすごく長い旅をしている気分になってきます。